はじめに
我が国の平成20年度の産業廃棄物の排出量は一般廃棄物の約8倍の約4億366万トンである。図1に示すように産業廃棄物の中で最も割合が多いのは汚泥であり,産業廃棄物全体の43.6%(約1億7,611万トン)を占めている。この汚泥のうち約60%は建設工事などから発生する汚泥であり,殆どが再利用可能な廃棄物として,脱水して埋め戻し材や再生土として利用されている。残りの40%が下水処理場(終末処理場)の活性汚泥であり,そこで発生した余剰汚泥は最終処分場へ搬送される。この余剰汚泥は産業廃棄物全体の約18%を占めている。
汚泥処理の現状
これらの余剰汚泥は,焼却,埋め立て,コンポスト化などによって処理されているが,コンポスト化は肥料の供給過剰などによって普及が進まず,現状では約10%程度にとどまり,約5%が脱水汚泥のまま埋め立て処分や農地利用に供されている。残りの85%は焼却されて,焼却灰としてセメント化して再利用するか,埋め立て処分されている。しかし,焼却,埋め立ての場合,大量に発生する汚泥を焼却場や埋め立て場まで運搬する費用や焼却に使用される化石燃料の消費が大きく,CO2の排出に伴う地球温暖化の要因ともなっている。また,埋め立てでは処分場の枯渇や地下水汚染,臭気の発生といった問題が危惧されている。2009年年4月1日現在,産業廃棄物最終処分場の残余容量は約1 億7,639 万㎥で,最終処分場の残余年数は全国平均10.6 年となっている。もし,汚泥の減量処理法として適切な技術が確立されれば,日本のみならず世界の基幹産業に成長する可能性がある。
従来の汚泥削減方法
汚水処理方式の主流は,活性汚泥法である。この方式は,好調時は清澄な処理水が得られるが,欠点は大量の汚泥が発生することである。都市下水の標準的な活性汚泥処理では,固形分1~2%の汚泥が流入水量に対して1%強も生産される。このように大量に発生する汚泥の主要な構成成分は,細菌等の生物体である。 これら生物体の第一の特徴は,細胞体であるということである(図2)。細胞壁は強靭なペプチドグリカンが細菌の形態を一定に保ち,圧力などの外界からの機械的力に抵抗し,細胞内部の環境を物理的に保護している。もしこの強い抗張力をもつ細胞壁が存在しなければ,通常の環境では細胞は破裂する。
図2 細菌の構造
細胞内の栄養物質が細胞膜を破って外に飛びだせば,他の微生物の餌となりうるので,新たな生物処理の展開が期待できる。汚泥の細胞膜破壊が汚泥削減プロセスの出発点になる。
現状における余剰汚泥の減量化技術は返送汚泥ラインにバイパスを設けて,汚泥量を調整する目的で開発された技術を基にしている。汚泥を構成する微生物の細胞膜を強制的に破壊し可溶化するための付加設備を既設の処理施設に設置する方法である。
これまで物理的方法,化学的方法,および生物化学的方法など、種々の方法が開発されているが(表1)コスト面で普及していないのが現状である。
表1 汚泥削減システムの種類
分類 | 方法 | 内容 | 備考 |
化学的方法 | オゾン法 | オゾンの酸化力で汚泥を可溶化 | |
酵素法 | セルラーゼ,プロテアーゼ,アミラーゼ等の酵素による細胞壁の可溶化 | ||
アルカリ法 | アルカリによる蛋白質変性 | ||
物理的処理 | 機械的分解法 | ビーズミル,高速回転ミルによる高いせん断応力 | |
熱分解法 | 熱による蛋白質変性 | 120℃×30分 | |
酸化剤法 | 返送汚泥ライン内に酸化処理槽を設け,強力な酸化作用によって,余剰汚泥中の微生物の殺菌処理,細胞壁の加水分解,細胞質の低分子化を可能にし,汚泥を生物分解しやすい状態まで変質させる方法である。この溶菌剤作用によって微生物はBOD成分へと変化する。 | ||
水熱反応法 | 超臨界水,亜臨界水の水熱反応 | 臨界点
(374℃×22Mpa) |
|
超音波法 | 超音波によってキャビテーションを起こすことで,微生物が形成する汚泥フロックの可溶化と同時に汚泥中に存在する微生物の細胞膜を粉砕して死滅させ,基質化する。基質化した汚泥は生物分解が可能な状態となり,返送汚泥と合流させて,曝気槽内へ返送する。 | ||
圧力処理法 | 10Mpa以上の圧力で細胞壁破壊 | ||
生物的処理 | 自己酸化法 | 長時間曝気による自己酸化分解 | |
植物連鎖法 | 余剰汚泥のもととなる微生物を高温微生物(好熱菌)が分泌するプロアミラーゼ等の酵素によって分解,可溶化する方法である。 | 好熱細菌 |
新しい汚泥削減システム(水撃法)
このたび水撃作用を利用した新しい汚泥削減システムを開発し特許が成立した(特許第4818474号)。
本発明の汚泥処理方法は,有機物を含む排水を生物処理槽にて微生物により有機物分解することにより発生した汚泥に水撃圧を加えて生物処理槽へ返送することを特徴としている。
生物処理槽にて発生した汚泥に水撃圧を加え,生物処理槽へ返送することにより,易分解性の細胞内物質が微生物の餌として容易に有機物分解されるので,最終的な余剰汚泥が減量されるため,余剰汚泥の処理コストを削減することが可能となる。
設備費はこれまでの方法より大幅に低減でき,ランニングコストも少ない(表2)。
表2 汚泥(水分80%)排出量100トン/日の施設の場合の処理費
汚泥削減方法 | なし | 水撃処理 | 経費削減 |
A運転費(万円/日) | 0 | 10 | |
削減率(%) | 0 | 50 | |
排出汚泥(トン/日) | 100 | 50 | |
B汚泥処分費(万円/日) | 200 | 100 | |
合計処理費(A+B)(万円/日) | 200 | 110 | 90 |
(注)汚泥処理単価=2万円/トン,汚泥削減率は平均50%と仮定
特許内容
図3 水撃装置概略構成図
図4 排水処理装置ブロック図
参考図(クリックで拡大)
水撃処理による製紙汚泥削減テスト結果
(要 約)
製紙汚泥を水撃装置で処理した結果、以下の知見が得られた。
- 水撃圧力16Mpa、水撃回数18回で汚泥は20%以上可溶化する(V-SS基準)。
- 水撃汚泥を凝集させるには無機凝集剤で汚泥表面の電荷を中和した後、カチオン系高分子凝集剤を併用することで凝集性が向上する。
- 凝集した汚泥を脱水する際、簡易濃縮機(ドラムスクリーン)で固液分離すれば脱水効率が大幅に向上する。フィルタープレスで脱水した場合、脱水ケーキの含水率は25%と驚異的な値が得られた。汚泥細胞壁が破壊されていたためと考えられる。
- 水撃処理した汚泥を全量、曝気槽に返送した場合、SSの分解が促進され、重量ベースで余剰汚泥は80%程度削減可能と推察される。
- 水撃汚泥は通常の汚泥より腐敗の進行が早いことから嫌気性消化(メタン発酵)の前処理に適用すれば汚泥消化日数と消化率が大幅に改善されることが期待できる。
①ブランク汚泥成分分析
②水撃45分汚泥成分分析
③水撃90分汚泥成分分析
④濾過液成分分析
⑤濃縮汚泥成分分析:(③-④)で推定
⑥脱水汚泥:①③⑤脱水後の含水率と重量測定
凝集剤でブランク汚泥と水撃汚泥を凝集させ、フィルタープレスで脱水試験した結果、含水率は
①ブランク汚泥⇒84.75%、
③水撃90分汚泥43.13%、
⑤簡易濃縮汚泥(水撃90分+ドラムスクリーン)⇒25.45%
簡易濃縮することによって驚異的な含水率となった。
水撃処理により非可溶化汚泥の細胞膜に亀裂が入り、細胞内物質が飛び出したものと考えられる。水撃処理の場合、可溶化率は20%程度でも十分再基質化していると思われる。
水撃汚泥の状況
水撃処理した汚泥の腐敗が顕著であったことから、嫌気性消化の前処理に水撃が適用できることが考えられる。有機物の消化率は大幅に改善されることが期待できる。
水撃処理と同じ物理的破壊による可溶化例では2.43倍のバイオガス生成量が得られている。
累積バイオガス生成量の経時変化
汚泥分析結果一覧(クリックで拡大)
(注1)(注2):可溶化するのはV-SS成分のみと仮定した場合の可溶化率(2,000mg/lは無機とし、11,000 mg/lを基準にした場合)
装置内の発生水撃圧の特性
水撃処理前後のアオコの電子顕微鏡写真
「日本大学 遠藤教授 提供」 Provided by Prof. Endo of Nihon University
凝集&濃縮テスト